「いたむ・いためる」の使い分け(痛む・傷む・悼む)
同じ「いたむ」と読む漢字には、痛む・傷む・悼むの三つがあります。それぞれ意味によって書き分けられ、身体や心に苦痛を感じる「痛む」、物が損なわれる・腐る「傷む」、人の死を悲しみ惜しむ「悼む」と整理されます。対応する他動詞「いためる」と書けるのは「痛める」「傷める」の二つで、「悼む」には同じ関係の「いためる」がありません。「痛む」と「傷む」は同じ語源から分かれた言葉のため、いまも意味が重なる場面があり、書き分けに迷うことの多い同訓異字の一つです。このページでは、文化庁の使い分け例にもとづきながら、それぞれの意味と例文をくわしく見ていきます。
「いたむ・いためる」の書き分け ―結論
痛む/痛める = 身体や心に苦痛を感じる・苦痛を与える(足が痛む・胸が痛む/腰を痛める・心を痛める)
傷む/傷める = 物が損なわれる・腐る/損傷を与える(家が傷む・果物が傷む/建物を傷める・髪を傷める)
悼む = 人の死を悲しみ、惜しむ(死を悼む・故人を悼む) ※対応する他動詞「いためる」はありません
分かりやすい目安は、それぞれの字を含む熟語で覚えることです。「痛む」は苦痛・鎮痛・頭痛の「痛」、「傷む」は損傷・負傷・傷害の「傷」、「悼む」は哀悼・追悼・悼辞の「悼」。「いたみを感じる主体(人)」なら「痛」、「損なわれる対象(物)」なら「傷」、「亡くなった人を悲しむ」なら「悼」と整理すると迷いにくくなります。
一覧で見る使い分け
三つの「いたむ」を、意味と典型的な使い方で比べると次のようになります。
| 漢字 | 意味の中心 | 典型的な使い方 |
|---|---|---|
| 痛む | 身体や心に苦痛を感じる | 足が痛む 歯が痛む 胸が痛む 心が痛む |
| 傷む | 物が損なわれる・古びる・腐る | 家が傷む 屋根が傷む 果物が傷む 髪が傷む |
| 悼む | 人の死を悲しみ、惜しむ | 死を悼む 故人を悼む 恩師の死を悼む |
以下では、それぞれの漢字をくわしく見ていきます。
痛むいたむ / 痛めるいためる
痛むは、身体や心に苦痛を感じる場合に使う字です。「足が痛む」「歯が痛む」のように身体の一部にいたみがあるとき、「胸が痛む」「心が痛む」のようにつらさや悲しみで心が苦しいときに用います。また、「懐が痛む」のように、出費による負担を比喩的に表す場合にも使われます。漢字「痛」には「いたい」「いたむ」の意味があり、「苦痛」「鎮痛」「頭痛」「痛感」などの熟語からも、その性格がうかがえます。他動詞「痛める」は、自分の身体の一部にいたみを生じさせる場合や、心を苦しめる・思い悩む場合に使います。
主な意味と用法(痛む)
- 身体にいたみを感じる:足が痛む/歯が痛む/傷口が痛む/古傷が痛む
- 心が苦しい・つらい:胸が痛む/心が痛む/良心が痛む
- 金銭的な負担を感じる(比喩):懐が痛む/出費に財布が痛む
主な意味と用法(痛める)
- 身体の一部にいたみを生じさせる:腰を痛める/膝を痛める/胃を痛める/足を痛める
- 心を苦しめる・思い悩む:心を痛める/胸を痛める/頭を痛める(=心配する・苦慮する)
例文
- 朝から虫歯が痛んでしかたがない。
- 事故の被害者のことを思うと、胸が痛む。
- 重い荷物を持ち上げて腰を痛めてしまった。
- 子どもの将来について、親としては頭を痛める日々が続く。
傷むいたむ / 傷めるいためる
傷むは、物が壊れる・古びる・腐るなど、物が完全な状態ではなくなる場合に使う字です。「家が傷む」「靴が傷む」のように建物や道具が古びて損なわれるとき、「果物が傷む」「魚が傷む」のように食べ物が腐りかけるときに用います。髪の毛や衣類などが乾燥や摩擦で損なわれるときも「髪が傷む」「生地が傷む」と書きます。漢字「傷」には「きず」「いためる」の意味があり、「損傷」「負傷」「傷害」などの熟語からも、その性格がうかがえます。他動詞「傷める」は、物に損傷を与える場合に使います。
主な意味と用法(傷む)
- 建物・道具が古びて損なわれる:家が傷む/屋根が傷む/靴が傷む/ノートが傷む
- 食べ物が腐りかける:果物が傷む/魚が傷む/弁当が傷む
- 髪・衣類などが乾燥や摩擦で損なわれる:髪が傷む/生地が傷む/畳が傷む
主な意味と用法(傷める)
- 物に損傷を与える:建物を傷める/本を傷める/楽器を傷める
- 髪・衣類などを損なう:髪を傷める/布地を傷める/革を傷める
- 食べ物を傷ませる・荒く扱う:野菜を傷める/果物を傷める
例文
- 夏場は気温が高く、食材がすぐに傷んでしまう。
- 長年雨ざらしになっていた木造の倉庫がだいぶ傷んできた。
- 強い日差しを浴び続けて、髪が傷んでしまった。
- 雑な扱いで大切な楽器を傷めてはいけない。
ご注意「痛む」と「傷む」は同じ語源から分かれた言葉で、現在でも意味が重なる部分があります。意味の中心が「いたみを感じる」なら「痛」、「損なわれる」なら「傷」と覚えておくと、選びやすくなります。「いたみを感じる主体(人)」か「損なわれる対象(物)」かが、判断の分かれ目です。
悼むいたむ
悼むは、人の死を悲しみ、惜しむ場合に使う字です。「死を悼む」「故人を悼む」のように、亡くなった人をしのび、その死を悲しむ気持ちを表す改まった表現です。漢字「悼」には「人の死をいたみ悲しむ」の意味があり、「哀悼」「追悼」「悼辞」などの熟語からも、その性格がうかがえます。他の二字と異なり、「痛める」「傷める」と同じ関係にあたる他動詞「いためる」はありません。常用漢字表でも「悼」の訓読みは「いた(む)」のみが示されています。
主な意味と用法(悼む)
- 人の死を悲しむ:死を悼む/故人を悼む/恩師の死を悼む
- 追悼の気持ちを表す:早世を悼む/戦没者を悼む/犠牲者を悼む
例文
- 長年お世話になった恩師の死を心から悼む。
- 多くの人々が、その作家の早すぎる死を悼んだ。
- 慰霊碑の前で戦没者を悼む式典が行われた。
ご注意「悼む」は人の死に対してのみ使う字で、ほかの「いたむ」とは用法がはっきり分かれます。身体・心のいたみや、物の損傷には使いません。また、生きている人の苦境を悲しく思う場合にも「悼む」は使わず、「心が痛む」「胸が痛む」のように「痛む」を選ぶのが自然です。「悼む」は必ず亡くなった方に関する文脈で用いるという点を意識しておくと、誤りを避けられます。
迷いやすいケース
「いたむ・いためる」の使い分けで、特に判断に迷いやすいケースを取り上げます。
「髪がいたむ」は「傷む」
髪の毛がパサついたり枝毛になったりする場合は、物としての髪が損なわれている状態なので、「髪が傷む」と書きます。「痛む」はいたみの感覚を表すため、髪そのものに「痛い」という感覚はないと考えると、選びやすくなります。同様に、衣類や畳などが古びる場合も「傷む」と書くのが標準的です。他動詞も「髪を傷める」「布地を傷める」となります。
| 場面 | 使う漢字 | 例 |
|---|---|---|
| 髪・衣類などが損なわれる | 傷む(傷める) | 髪が傷む 髪を傷める 生地が傷む |
| 身体にいたみを感じる | 痛む(痛める) | 頭が痛む 傷口が痛む |
「心がいたむ」「胸がいたむ」は「痛む」
「心がいたむ」「胸がいたむ」「良心がいたむ」は、ふつう「痛む」と書きます。心配や同情、罪悪感などで心が苦しいときに用いる表現で、文化庁の使い分け例でも「痛む」の用法として整理されています。「心が傷む」「胸が傷む」と書くと、心や胸そのものが損なわれるという別の意味に読まれやすくなるため、改まった文章では「心が痛む」を選ぶのが無難です。
「果物・食べ物がいたむ」は「傷む」
「果物がいたむ」「食べ物がいたむ」は「傷む」を使います。腐る、鮮度が落ちる、品質が悪くなるという意味で、「傷んだ果物」「傷みやすい食品」のように用います。これも食べ物そのものが「いたい」と感じているのではなく、物としての食品が損なわれている状態なので、「傷む」と書きます。
「ふところがいたむ」は「痛む」
金銭的な損失を感じることを「懐(ふところ)がいたむ」「財布がいたむ」と言いますが、これはお金が減ることによる心理的な負担・苦痛を比喩的に表現しているため、「痛む」を使います。財布そのものが擦り切れてボロボロになるという物理的な劣化を指す場合は「財布が傷む」となります。
| ニュアンス | 使う漢字 | 例 |
|---|---|---|
| 出費による苦痛(比喩) | 痛む | 急な出費で懐が痛む |
| 物理的な劣化(状態) | 傷む | 革の財布が傷む |
「腰をいためる」は「痛める」が基本
「腰をいためる」「膝をいためる」など、体の部位に痛みや不調が出る場面では、一般的には「痛める」を使います。文化庁の使い分け例でも「腰を痛める」が示されています。一方、医学的・説明的に組織の損傷そのものを強く意識する文脈では、「筋を傷める」「靱帯を傷める」のように「傷める」が使われることもあります。
| 表記 | 意味の重点 | 例 |
|---|---|---|
| 腰を痛める | 痛みや不調を生じさせる | 重い荷物を持って腰を痛める |
| 筋を傷める | 組織を損なう・傷つける | 無理な運動で筋を傷める |
「死をいたむ」は「悼む」
亡くなった方の死を悲しむ場合は、「死を悼む」「故人を悼む」と「悼む」を使います。「死を痛む」「死を傷む」とは書きません。一方、まだ亡くなっていない方の苦境を悲しく思う場合は、「心が痛む」「胸が痛む」のように「痛む」を使います。「悼む」は人の死に限定して使う字であることを意識すると、迷いが少なくなります。
| 表記 | 意味の重点 | 例 |
|---|---|---|
| 死を悼む | 亡くなった人をしのび悲しむ | 恩師の死を悼む 故人を悼む |
| 心が痛む | 生きている人の境遇を悲しく思う | 事故の被害者を思うと心が痛む |
「いたましい」は「痛ましい」
痛ましい事故・痛ましい光景など、見聞きしていて心が苦しくなる意味の「いたましい」は、「痛ましい」と書くのが一般的です。「傷ましい」と書かれる場合もありますが、改まった文章や報道では「痛ましい」が広く用いられています。
「野菜をいためる」は「炒める」
料理用語の「いためる」(フライパンで火を通す)は、ここで扱う「痛める」「傷める」とは別の言葉で、「炒める」と書きます。「野菜を炒める」「肉を炒める」のように使い、「痛める」「傷める」と書くと意味が変わってしまいます。同じ「いためる」でも文脈で書き分けが必要です。
| 表記 | 意味の重点 | 例 |
|---|---|---|
| 野菜を炒める | フライパンなどで火を通す | 野菜を炒める 肉を炒める |
| 野菜を傷める | 荒く扱って野菜に損傷を与える | 乱暴に扱って野菜を傷める |
対応する他動詞「いためる」も同じ書き分け
自動詞「いたむ」と対応する他動詞「いためる」も、まったく同じ意味の区別で書き分けます。ただし、「悼む」には「痛める」「傷める」と同じ関係にあたる他動詞「いためる」がない点に注意が必要です。
| 意味 | 自動詞 | 他動詞 | 例(他動詞) |
|---|---|---|---|
| 身体や心にいたみを感じる/与える | 痛む | 痛める | 腰を痛める 胃を痛める 心を痛める |
| 物が損なわれる/物に損傷を与える | 傷む | 傷める | 建物を傷める 髪を傷める 野菜を傷める |
| 人の死を悲しむ | 悼む | ―(用いられない) | ― |
補足このページの使い分けは、文化庁「異字同訓」の漢字の使い分け例を参考にした標準的な目安です。「痛む」と「傷む」は語源が同じため、意味が重なる場面もあり、文脈によってはどちらでも書ける場合があります。迷ったときは、関連する熟語(苦痛・鎮痛・頭痛/損傷・負傷・傷害/哀悼・追悼・悼辞)を思い浮かべると、選びやすくなります。
■ まとめ
「いたむ・いためる」と読む漢字には、痛む・傷む・悼むの三つがあります。「痛む/痛める」は身体や心に苦痛を感じる場面、「傷む/傷める」は物が損なわれたり腐ったりする場面、「悼む」は人の死を悲しむ場面に使う字です。
対応する他動詞「いためる」と書けるのは「痛める」「傷める」の二つで、「悼む」には同じ関係の「いためる」がありません。「痛む」と「傷む」は語源が同じで意味が重なる部分もありますが、いたみを感じる主体は「痛」、損なわれる対象は「傷」、亡くなった人を悲しむなら「悼」と整理すると、ほとんどの場面で正しく書き分けられます。他の同訓異字については同訓異字(異字同訓)とはのページに一覧があります。
